窓から差し込む午後の日差しが暖かい。シヴァマリアは手にしていたペンを置き、大きく伸びをした。
ふと外を見ると、中庭に桃の花が咲いているのが見える。今年は暖冬だったのか、すでに六分咲きというところまで花が開いている。
(ああ、今日は3月3日だったな。)
そう、今日は桃祭り、女の子の成長を祝う日である。
この日に、赤い紙で姫人形、青い紙で彦人形を作って川に流すと、健やかに成長すると言われている。
コンコン
「失礼します。マリア様、お客様がお見えです。」
「ああ、通してくれ。それと、ここに紅茶と茶菓子を頼む。」
「畏まりました。」
今日は久しぶりに、オアシス天如、レスQ天女、クロススターとお茶をするのだ。彼女達は月に一、二度お茶をしにシヴァマリアを訪ねてくれるのである。
彼女達との他愛のない話が仕事に役立つこともあるし、このような時間を持つことは気晴らしにもなるので、出来るだけ誘いを受けることにしているのだ。
程なく、三人が秘書のネス魔トロンに案内されて執務室へやって来た。
「マリア様、お久しぶりですの。先月頂いたクッキー美味しかったですの~。」
「オレ達にまで気を使って頂きありがとうございました。」
「今日は先月のお礼をと思って、あたし達からマフィンと、如面と明星から米粉で作ったパンを預かってきましたので、ロココ様と召し上がってください。」
最近、如面菩薩と明星クィーンは米を作るだけでなく、米を粉状にしてパンを作ったり色々研究を重ねているのである。
と言うのも、次界では元々小麦の栽培が主流で、主食は米よりもパンの方が一般的であったため、米粉のパンを思いついたのだそうだ。
「わざわざ悪いな。ありがとう、明日頂くことにするよ。さ、掛けてくれ。」
「ありがとうございます、失礼します。」
「そう言えば、如面と明星はどうした?」
「如面さんと明星さんは、男ジャックさんと農業指導で一昨日から出かけてますの。」
「ああ、そうか、そう言えばそうだったな。」
「今週末まで都には帰ってこられないらしくって、今日の桃祭りも向こうでやるって言っていました。」
「この前、七越で和紙展をやっていて、あたし達皆でたくさん折り紙買ったんです。二人とも折角だからってそれを持っていったんですよ。」
七越は次界の大手デパートで、嗜好品を数多く取り揃えている。シヴァマリアの着物もよくここで誂えているので、時折DMが届く。
マリアにも和紙展の知らせは来ていて、本当は行ってみたかったのだがつい行きそびれてしまっていたのだ。
「では、二人は今頃桃祭りをしているのかもしれないな。お前達はもう準備したのか?」
「ふふふ~マリア様と一緒に折ろうと思って、たっくさん折り紙持って来ましたの~☆」
じゃーん、とばかりにクロススターは折り紙を取り出した。
赤を基調にした和紙と、青を基調にした和紙が各5枚、計10枚が一セットになっていて、包みの裏側には、折り方の手順がきちんと載っている。
クロススターは四セットをシヴァマリアの前に差し出し、好きなのを取って欲しいと促した。
「これ、全部柄が違うんですの。マリア様、お好きなのをどうぞですの!」
「では、・・・これにしよう。」
「はいどうぞですの~。レスQさん、オアシスさん先に選んでくださいの!」
「悪いな、じゃあオレはこれにする。」
「あたしはこれ~。」
全員選び終わったところで、オアシス天如は筆ペンを各自に配った。シヴァマリアは筆ペンを受け取ったが、不思議そうな顔をしている。
「おい、筆ペンは何に使うんだ?」
「あれ?マリア様ご存じないんですか?赤い折り紙に自分の名前、青い折り紙に相手の名前を書くんです。」
「・・・初耳だ。」
最近では、姫人形に自分の名前、彦人形に意中の男性の名前を書くと恋が叶うとも言われており、愛の日に続く未婚女性のイベントとして盛り上がっているのだ。
三人はそれを説明しシヴァマリアの様子を伺う。・・・若干眉間にシワが寄っているような気がしないでもない。
「あ、あのっ、単なるおまじないみたいなものですから。」
「オレ達もちゃんと書きますし、えっと、心配しないでください。」
「そーですの、ワタシもちゃんとヤマトさんの名前書きますの。マリア様も遠慮しないで書いてくださいの。」
自分達がまだ何も書いていないからかと思ったのか、三人は口々にシヴァマリアに話しかけた。
しかし、ほぼ公認となっているとは言え、自分とアンドロココの名前を書くのには抵抗がある。
単に恥ずかしいというだけではない。彼女達はあまり深く考えていないようだが、名前には強い力が宿っているため、その名前を紙に書き、しかも人型に折るというのは、非常に強い念の力が発生するのである。
と、ここまで考えて、去年丁度桃祭りの頃にアンドロココが体調を崩したことを思い出した。
(そうか、もしかしたら去年あいつが寝込んだのはコレが原因だったのかも・・・。)
「お前達、特別に筆と硯を貸してやろう、筆ペンで書くよりも効果絶大だぞ。ちょっと待ってろ。」
そう言って、シヴァマリアはおもむろに立ち上がり、隣室に向かった。
⇒(2)へ続く